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漫画に自由を!21

「漫画に自由を!21」は、漫画やアニメと言ったサブカルチャーにおけるあらゆる表現の自由を、日本国憲法第21条に基づき守ろうと、独自の手法で世界に訴える事を目的として結成されたサークル(団体)です。

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11-28

2015

本を読む。

実家に連絡すると、落ち着きのなかった甥っ子が最近では図書室に通って貪る様に本を読んでいるとか。
そんな甥っ子たちのクリスマスプレゼント用の本を探していてふと思い出したけど、本を読むにもある程度の訓練が必要だということに少し前に気づいた。

よく本を読まない奴はどうこうみたいな事をいう人がいるけど、ああいうのは的外れ。
別に本を読んだって読まなくなって人間特に何も変わらない。

本を読んでても頭の中身が空っぽな人もいるし、本を読まなくても賢い人はいる。

そういう事じゃなくて本を読むという行動には、スポーツするための基礎訓練のような前提が必要だ。と、色んな人と話していて気づくようになった。
そしてそういうのは子供のうちにやっとかないと、無用な努力が必要になってくる。

本を読むための基礎訓練がない人は、物語というのを読み解けない人が多い気がする。
行間が読めないというか、作者がこういう風に受け取ってほしいというフリに気づかない。

こういうのって凄く勿体無いよね。

だから私は少なくとも自分の甥っ子姪っ子にはそういう基礎訓練を子供のうちにやっといて欲しかったから、クリスマスプレゼントには必ず絵本を贈っていました。
幸いにして甥っ子は本を読む前の基礎訓練が自然に出来て、今は本を積極的に読むようになっているみたい。

本を読んでも別に賢くはならないと思う。まあ賢くなる人もいるとは思うけど。

そうじゃなくて、本を読むと脳がリラックスして凄く気持ちがいい。つらい時とかストレスがたまったときとか、解消してくれる。
お金もそれほどかからないし、いいですよね。

最近活字を読んでなくてブクオフに行った時に司馬遼太郎とかの読んでない短編を何冊か買ってきて読んでるんですけど、凄く脳が気持ちいい。

まあ私はスポーツしないんですが、多分スポーツしても同じようなリラックス効果があるんだと思うんです。
スポーツすれば体にいいけど、読書は脳にいい。

私の基礎訓練は多分、親が絵本や童話をたくさん買ってくれていたから出来ていたと思うので、私も同じように甥っ子の本を読むための基礎訓練に関われてよかったと思う。

そして私も本を読もうと思う。
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07-05

2015

~藤子スタジオアシスタント日記~

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という訳で昨日はえびはら先生の新刊発売イベント「えびしんぼ3」に行ってきました。

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藤子プロをアシスタントの目から振り返った「藤子スタジオアシスタント日記」、新刊コミックコーナーで探したんですけど見つからずに会場で買ったんですが、書籍扱いという事で売り場が違ったようですね。

のむらしんぼ先生が急遽欠席という事でしたが、とんでもアシスタントの事とか、失敗(描き直し)原稿はバンバン捨ててあたっとか、会場でしか聞けない話が色々聞けてよかったです。

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それと藤子F先生のアノ話は書籍には入らなかったそうです。が、今後は発表されるかもとの事…。
楽しみですね!

07-01

2015

パソコンが壊れて大変だった

パソコンがいきなり、壊れました。


先週アシスタントのお仕事をもらって半分は仕上げて送って、週末はバイトだったので明けて月曜日、朝帰ってきて寝て夜起きて作業しようと思ったらなんかパソコンの立ち上がりが遅い。

マウスも動きがカクカクして、なんかおかしいなと感じたので再起動。

すると待てども待てども立ち上がらない。


やっと立ち上がり、もしかして変なアドオンが入ったのかと思って色々チェックしてみるも問題なし…というか動きが遅い!

タスクマネージャを見ると、CPU使用率が異常に高くなったままに。

時間がなくて焦りまくって、最終手段のHDDデフラグをやってみるも今度は起動しなくなる。


どうしようもないのでアシスタントの残りの仕事は断りの電話を入れる。

本当に申し訳ありませんでした。



何とか起動したのでデータを外付けHDDにバックアップ。バックアップもとにかく遅い!

今日の朝、起動全くしなくなる…。


秋葉原に行って、なけなしのお金でパソコンを購入。
NECのリフレッシュPCというのが安かったので(NECが自社のパソコンを下取りして、中身を綺麗にしたメーカー公式の中古品?)それにしました。
http://121ware.com/psp/PA121/LEARN/ENTP/h/?tab=LRN_Z_REFRESHEDPC

win7でCore i7(でも第一世代らしい。よくわかりませんが)でメモリー8GBという事で、ほぼ希望通りのスペックでしたし。

でもお金はなくなりました…。


配送だと翌々日着という事で持って帰る。これがとにかく重い!
パソコンケースって最近はプラスチックなのにこれは金属なんで重い!
腕がもげそう!


何とか帰宅し壊れた旧パソコンを外し、新しい(中古だけど)パソコンを設置。さてモニターと繋ごうと思ったら規格が違う!!

モニター入力はミニD-SUB-15ピン、パソコンの出力はDVIという規格だったそうでつながりません!

やっちまった!





慌てて隣駅のソフマップへ。
店員さんに説明するとDVIには二種類の規格があるそうで、どっちかわからない…。

パソコンがないから検索もできない!


店員さんにパソコンの種類を伝えて調べてもらうと、どうもパソコン自体が結構古いそうで情報が出てこず、NECのパソコンだったら多分こっちだろうという店員さんの勘で変換アダプタを選んでもらって購入。

家に帰ると…繋がった!店員さん、ありがとう!



そして今に至る。なんかこの六月は散々な事ばかり起きてるんですが、勘弁してください。

04-08

2015

国分寺と、下元克己先生と、桜井昌一辰巳ヨシヒロ兄弟の話など。

この前の日曜、国分寺の小金井公園にお花見に行くはずだったのですが、あいにくの雨。
なのでまた名曲喫茶でんえんに行ってきました。

先月、亡くなられた辰巳ヨシヒロ先生のお話を、下元先生に色々聞く事が出来ました。

辰巳ヨシヒロ先生を筆頭に劇画という存在は残念ながら殆ど忘れられてしまっていますが、そういう中でも辰巳先生は劇画が廃れたら書店業に移り、それが傾いたら過去の作品が海外で再評価され作品を描ける様になり、それがなくなってきたら手塚治虫文化賞を受賞し、そして劇画漂流が海外で評価されると非常に運が良かったと。

それに比べ実兄の桜井昌一さんは漫画家を廃業して出版業に移って水木しげる先生を表舞台に上げながらも会社経営は失敗、その後長らく病床のまま亡くなり、今もなお省みられない、とても運が悪い人だったそうです。


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ゲゲゲの女房では戌井慎二(演:梶原善)として登場し、水木しげる作品に頻繁に登場するサラリーマン山田のモデルになった事では有名ですが(下元先生曰く本人以上にそっくりとの事)、その功績も過去の漫画作品も評価される事もなく忘れられてしまいました。

水木しげる先生はその後、ゲゲゲの鬼太郎、悪魔くんなどが大ヒットし、今なお一流漫画家として活動されていますが、下元先生が仰るには有名になる前の貸本漫画の頃が本当に良い漫画を描いていたとの事です。

ゲゲゲの鬼太郎以降は、講談社やテレビ局とタイアップした売れる作品を描いてきただけで水木しげるらしさは消えてしまっていると。


話を戻して桜井昌一先生と辰巳ヨシヒロ先生ですが、出版業も兄弟二人で経営する事はなく(辰巳ヨシヒロ先生の自宅を印刷所にしていたのに)、それはやはりお二人の考え方が全く違っていたからだそうです。
漫画に関しても出版に関しても、方向性が全く異なっていたと。


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その後雨も止んでいたので下元先生が住んでいたアパートを探しにいったのですが、もう古い建物は全く残っておらず、川は残っていたのでおそらくこの辺であろうと散策してきました。

下元先生の奥様はタツノコプロで仕上げをしていたので同社の女子寮に住居していて、下元先生のアパートはその隣にあったという事です。
という事はタツノコプロの旧女子寮を調べれば正確な住所がわかるはずですので、今度調べてみようと思います。


その後は呑みに行って、劇画と漫画の違い、ストーリー漫画とキャラクター漫画の違いなど色々面白い話を聞けました。

手塚漫画→劇画→ストーリー漫画と、漫画と劇画は別のものであるというイメージが強いですが、系譜を紐解けばストーリー性に支えられた作品が手塚漫画であり、そして劇画であるという事なので同じと言ってもあながち間違いではないのではないかと私は解釈しました。

下元先生はストーリーよりも絵を描くのが好き、満足した絵を描きたい為に劇画を描いてきたと。
そこが他の劇画家と一線を画した存在としている重要な要素ではないかと思います。



国分寺に劇画を思い起こさせるものは名曲喫茶でんえんのみであり、他は再開発と漫画の復興でかき消されてしまった。

いつかまた再評価された時、国分寺をかつての劇画の拠点として人が訪れた時、何もないのが寂しいですね。


03-09

2015

劇画家の拠点国分寺訪問と、辰巳ヨシヒロ先生死去の事

マンガ家の辰巳ヨシヒロさん死去 「劇画」の名付け親

 「劇画」の生みの親で、自伝的作品「劇画漂流」で2009年に手塚治虫文化賞(朝日新聞社主催)のマンガ大賞を受賞した辰巳ヨシヒロ(たつみ・よしひろ、本名辰巳嘉裕)さんが7日、悪性リンパ腫で死去した。79歳だった。葬儀は近親者で行い、後日お別れの会を開く予定。

 1935年、大阪市生まれ。50年代から貸本誌などに描き始め、大人向け作品を開拓。リアリズムを重視した自らの手法を「劇画」と名付け、59年にさいとう・たかをさんらと「劇画工房」を結成した。

 社会の底辺の人々の悲哀や屈折を描く作品は、地味ながら海外でも評価が高く、05年に仏アングレーム国際マンガフェスティバルで特別賞を受賞。95年から06年にかけ執筆した大作「劇画漂流」は、シンガポールのエリック・クー監督により「TATSUMI マンガに革命を起こした男」
http://www.asahi.com/articles/ASH3943KXH39UCLV007.html





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昨日、偶然にも辰巳ヨシヒロ先生も通われていた国分寺の名曲喫茶「でんえん」に劇画家の下元克己先生とご一緒していました。

国分寺はかつて多くの劇画家が集い、駅周辺の喫茶店や映画館は劇画家の溜まり場になっていたとか。
しかし今や当時の面影を残すものは再開発で全て取り壊され、名曲喫茶でんえんだけがその記憶をとどめています。

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この真ん中に飾ってある絵は永島慎二先生が描かれたものだそうで、もう一点あったらしいのですが見つかりませんでした。

でんえんにはさいとう・たかを先生も年に一回ほど今も来店されるそうです。

当時は喫茶店も多く、下元克己先生は別の喫茶店でモーニングを食べててからでんえんを訪れる事が多かったとか。
下元先生は上京して新大久保の友人宅に居候した後、日暮里の印刷工場で住み込みの仕事をして、その後国分寺に越したそうで、懐かしそうに当時の思い出を語られていました。

みやわき心太郎先生は忙しい時にアシスタントをしてくれて、よく遊び歩いたそうです。
当時のみやわき先生は友人のお宅に居候してたそうです。

辰巳ヨシヒロ先生は体格がよく、しかも強面なので同じような風貌のさいとう・たかを先生と肩を切って歩く姿は結構怖かったとか。
下元先生は小柄で童顔なので、後ろに隠れていたそうです。

後に劇画漂流で辰巳先生が手塚治虫先生を慕っていたと知って、当時の劇画家は手塚治虫を倒すことを目標としていたはずだと反論されていました。

トキワ荘は上品なインテリの集まり、国分寺は野武士の集団。これが当時の認識だと胸を張って語られたのが印象的ですね。


手塚治虫先生の築いた戦後漫画を非主流にまで追い込んだ当時の劇画集団。
今やその記憶も技術も意志も“漫画”の中に再統合され、国分寺も再開発され当時の面影は消え去り、今はもう何もない。

下元先生が「辰巳先生は今は病状が悪く、一般のお見舞いも受け付けてないんだ」と寂しそうに語っておられましたが、まさかその前日に辰巳ヨシヒロ先生が亡くなられていたとは…。

この集まりも本当は昨年秋ごろに約束していたのですが、色々予定が込み合って昨日になりました。

勿論偶然ではあるのですが、なんとも出来すぎた話です。


辰巳ヨシヒロ先生のご冥福をお祈りいたします。
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