漫画に自由を!21

「漫画に自由を!21」は、漫画やアニメと言ったサブカルチャーにおけるあらゆる表現の自由を、日本国憲法第21条に基づき守ろうと、独自の手法で世界に訴える事を目的として結成されたサークル(団体)です。

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04-08

2015

国分寺と、下元克己先生と、桜井昌一辰巳ヨシヒロ兄弟の話など。

この前の日曜、国分寺の小金井公園にお花見に行くはずだったのですが、あいにくの雨。
なのでまた名曲喫茶でんえんに行ってきました。

先月、亡くなられた辰巳ヨシヒロ先生のお話を、下元先生に色々聞く事が出来ました。

辰巳ヨシヒロ先生を筆頭に劇画という存在は残念ながら殆ど忘れられてしまっていますが、そういう中でも辰巳先生は劇画が廃れたら書店業に移り、それが傾いたら過去の作品が海外で再評価され作品を描ける様になり、それがなくなってきたら手塚治虫文化賞を受賞し、そして劇画漂流が海外で評価されると非常に運が良かったと。

それに比べ実兄の桜井昌一さんは漫画家を廃業して出版業に移って水木しげる先生を表舞台に上げながらも会社経営は失敗、その後長らく病床のまま亡くなり、今もなお省みられない、とても運が悪い人だったそうです。


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ゲゲゲの女房では戌井慎二(演:梶原善)として登場し、水木しげる作品に頻繁に登場するサラリーマン山田のモデルになった事では有名ですが(下元先生曰く本人以上にそっくりとの事)、その功績も過去の漫画作品も評価される事もなく忘れられてしまいました。

水木しげる先生はその後、ゲゲゲの鬼太郎、悪魔くんなどが大ヒットし、今なお一流漫画家として活動されていますが、下元先生が仰るには有名になる前の貸本漫画の頃が本当に良い漫画を描いていたとの事です。

ゲゲゲの鬼太郎以降は、講談社やテレビ局とタイアップした売れる作品を描いてきただけで水木しげるらしさは消えてしまっていると。


話を戻して桜井昌一先生と辰巳ヨシヒロ先生ですが、出版業も兄弟二人で経営する事はなく(辰巳ヨシヒロ先生の自宅を印刷所にしていたのに)、それはやはりお二人の考え方が全く違っていたからだそうです。
漫画に関しても出版に関しても、方向性が全く異なっていたと。


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その後雨も止んでいたので下元先生が住んでいたアパートを探しにいったのですが、もう古い建物は全く残っておらず、川は残っていたのでおそらくこの辺であろうと散策してきました。

下元先生の奥様はタツノコプロで仕上げをしていたので同社の女子寮に住居していて、下元先生のアパートはその隣にあったという事です。
という事はタツノコプロの旧女子寮を調べれば正確な住所がわかるはずですので、今度調べてみようと思います。


その後は呑みに行って、劇画と漫画の違い、ストーリー漫画とキャラクター漫画の違いなど色々面白い話を聞けました。

手塚漫画→劇画→ストーリー漫画と、漫画と劇画は別のものであるというイメージが強いですが、系譜を紐解けばストーリー性に支えられた作品が手塚漫画であり、そして劇画であるという事なので同じと言ってもあながち間違いではないのではないかと私は解釈しました。

下元先生はストーリーよりも絵を描くのが好き、満足した絵を描きたい為に劇画を描いてきたと。
そこが他の劇画家と一線を画した存在としている重要な要素ではないかと思います。



国分寺に劇画を思い起こさせるものは名曲喫茶でんえんのみであり、他は再開発と漫画の復興でかき消されてしまった。

いつかまた再評価された時、国分寺をかつての劇画の拠点として人が訪れた時、何もないのが寂しいですね。


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